もう一つの世界
悲しいことがあったとき、また、理由ははっきり分からないけれど、何となく心がざわざわするようなとき、そんなときには、どんな風に自分の気持ちを落ち着かせますか?
私は、本を読みます。
子どもの頃から本を読むことが好きでした。
友だちとワイワイ遊ぶのも楽しかったけれど、どちらかというと本の中の世界に入りこんでいる時の方が、幸せでした。
いつも空想の中に生きているような、子どもでした。
中年となった今も、その傾向はあります。
今生きている現実の世界は、悲しいことや、苦しみが沢山あって、乗り越えていかなくてはならないこと、やり過ごさなければいけないことが多すぎます。
身体が疲れているときなどは、ちょっとした事で気持ちは急降下で沈んで行きます。
そんなとき、自然と本に手が伸びます。
本。特に小説が好きなのですが、読み始めた瞬間から、今いる場所とは違うところへ、心は飛んで行きます。
今までに、本の中の物語から、どんなに多くの慰めや勇気を貰ったことでしょう。
「本に生きる勇気与えられた」
「魔女の宅急便」の作者、角野栄子さんは、2018年、児童文学界のノーベル賞と言われる「国際アンデルセン賞・作家賞」を授与されました。
子どもの頃から読書に親しんでおられた角野さん。
しかし、作家デビューは35歳と、少し遅いスタートをされています。
この授賞式での角野さんのスピーチがとても素敵なので、一部分を引用します。
私は、こう考えています。物語は、私が書いたものであっても、読んだ瞬間から、読んだ人の物語になっていく。読んだ人一人一人の物語になって生き続ける。そこが物語のすばらしいところだと思います。そして、その時、感銘を受けた言葉、その時の空気、その時の気持ち、想像力などが一緒になって、その人の体の中に重なるように入っていき、それが、その人の言葉の辞書になっていく。その辞書から、人が与えられた大きな力――想像力が生まれ、そして創造する力のもとになっていくと思っています。それは、その人の世界を広げ、つらい時にも励まし助けてくれるでしょう。
NHKより
こちらの本では、角野さんの「お気に入り」に囲まれたライフスタイルが紹介されています。
知性的で、あたたかくて、ライフスタイルのすべてがセンス良く素敵な角野さん。
「自分で考える力」を養う
もう一つ、私がもう何度も読み返す、画家、安野光雅さんのコラムの一部をご紹介します。
(偶然にも、安野光雅さんも1984年に「国際アンデルセン賞・画家賞」を受賞されています)
自分で考える力
~前略~
ではどうしたら、自分で考える力を養えるか。わたしは、本を読むのがいいと思います。
~中略~
近ごろ、外見を装い、若く見せることにとらわれ過ぎているように思います。でもテレビなどで見る宣伝のままに美容クリームや栄養ドリンクを買うお金があったら、本を読んで、心のなかのほうからきれいになることを考えたいと思います。本を読んでいれば、たとえ顔にしわができても、寄り方が違うのではないかと思うのです。
~中略~
人に言わなくても、自分は主人公の生き方を知っている、この本の世界が自分の心のなかにある、それだけでかすかな誇りを持つことができます。
わたしにとって、中勘助の『銀の匙』はその一冊です。それから、わたしがもう何のためだったか忘れるほど、しおりを何ヵ所にも挿んでくり返し読んでいるのは、サマセット・モームの『人間の絆』です。主人公のフィリップは孤児で生まれつき足が悪い。そういう目に見えるハンディでなくても、何がしかの傷や悩みを抱えて生きている人間は多いでしょう。誇りを持って生きるのは、言うほどたやすくはないけれど、本を読めば自分が卑屈になる気持ちを、振り払うことくらいはできる、と思います。
自分の劣等感を取り除いて、あとに残る誇りは、どれほど心を強くしてくれることでしょう。自分は始めから五体満足、完全無欠だと思っている人よりも、わたしは、劣等感をひとつひとつ脱ぎ捨てていった人のほうがすばらしいと思います。そしてそれは、自分の力でしかできないことです。最後に残る誇りを、胸の底に秘めて生きることが大事なのだと思います。
暮らしの手帖社「暮らしのヒント集3」より
おわりに
読書は、もう私の生活の一部となっていて、これからも生きる支えになってくれることでしょう。
悲しいことがあったときだけでなく、楽しいときも、どんな時にでも本と共にあります。
けれど、日々の生活の中で、読書の習慣のある人は少ないように感じます。
他人に自分の趣味を押し付けるつもりはありませんが、読書は、特別な能力を必要とせず、いつでもどこでもたった一人で楽しめる、素晴らしい趣味だと思うのです。
書店で買う余裕がなければ、図書館へ。
読む時間がないなら、スマホの代わりに本を持って出かけてみませんか。
さまざまなジャンルの、色々な本が沢山あるのだから、どんな人にでも、自分の心に深く染み入る一冊が、必ず見つかるはずです。