橋本治著「巡礼」
主人公はゴミ屋敷に一人住む老いた男。
夏はおそろしいほどの異臭を放つ、その家。
当然、周辺の住民から非難を浴び、ワイドショーでも取り上げられます。
住民は市役所に助けを求めるけれど、私有地であるため、どうにもなりません。
物語は、この老人が青年だった頃の時代にさかのぼります。
男の人生
男は小さな荒物屋の長男として生まれました。
戦中に少年時代を過ごし、戦後、商業高校を出て大きな町にある荒物屋に住み込みで働き始めます。
時代がどんどん変わりゆく中で、彼も普通に、真面目に生きて、結婚し、子どもをえます。
結婚後は実家の店を継ぎ、両親、弟と共に同居することに。
けれども、ある一つの不幸から、彼の人生は狂い始めます。
時代の流れ
戦後の急速に変わりゆく時代の流れと、その中で生きて行く主人公や周りの人々の心理描写がたんたんと書かれ、物語にぐいぐいと引き込まれていきます。
男はどうしてゴミを溜めるようになったのか。
どうして心が壊れてしまったのか。
不器用で生真面目な性格の男と、明るく、時代にうまく乗って器用に生きる力がある弟との違いが対照的です。
男の人生が、あまりに哀しくて、どうにもならない気持ちになります。でも最後は救われます。思わず涙が出るような、ラストです。
おわりに
あまり紹介しすぎるのも良くないので、詳しい内容を記すのは控えます。
これは、特別な人の特別な物語ではなく、普通の人の人生、日々の暮らしがたんたんと書かれている小説です。
主人公に不幸が訪れ、それをきっかけに人生が狂い始める。
現実世界で、おそろしいほどのゴミ屋敷に住む人の心理がどういうものなのかは分かりませんが、皆、心に傷を負ったり、壊れてしまったりと、精神的な問題を抱えていることが多いのかもしれません。
小説の中の男も、どんなに住民や保健所の職員から抗議や説得を受けても、聞く耳を持ちません。
おそらく、そんな当たり前のことを諭しても、理解できないのでしょう。
問題は、住人の心の中のことなのだから、心のケアが先なのかもしれません。
物語では、最後、ゴミは撤去されます。
行政では対応してもらえず、民間の業者に撤去して貰ったところ、費用として400万円の請求がきました。
何ともおそろしい価格です。
誰もが、何かをきっかけに人生の歯車が狂いはじめ、主人公の男のようになる可能性があるのではないでしょうか。
人生とは意外と脆く、はかないものなのかもしれません。
そんな風に感じた、ある一人の男の切なく哀しい物語でした。