夏苅郁子著「心病む母が遺してくれたもの」精神科医の回復への道のり
以前朝日新聞で精神科医の夏苅郁子さんを紹介する記事を読み、その過酷な人生に衝撃を受けました。
そして先日、ずっと気になっていた夏苅郁子さんの著書を読みました。
母親の発病から
著者の母親は著者が10歳のときに「統合失調症」を発症します。
以前は「精神分裂症」と呼ばれていた病気です。
病状は次第に悪化し、2度の入院を経て両親は離婚します。
元々、父親は家庭を顧みない人であり、それが母親の発病のもとになったようです。
しばらくして父親は再婚。
著者は通っていた女子大を辞め、一発奮起して医大に入学。
精神科医となります。
医師時代
子ども時代と青年時代を暗く特異な環境で過ごした著者は、大人になり精神科医となっても、人付き合いの仕方が分からず、自分に自信がなく、また、離れて暮らす母親のこと、当時の精神科の絶望的な状況などに苦悩します。
しかし、10年間会っていなかった母親との再会やたくさんの人たちとの出会い、結婚により著者は少しずつ変化していきます。
運命を受け入れる
結婚後は子ども2人に恵まれ、幸せな家庭を築いておられます。
私は、人にはどんなに望んでも手に入らない人生もあるのだと、運命を受け入れるしかないと思っています。でも、自分に手をかけてあげることで少しでも心が落ち着くならば、それに代わる人生に納得ができるのだと思いました。
私にとって、幸せな子供時代は「自分の人生にはないもの」とあきらめようと思います。でも、それは決してマイナス思考ではないのです。「私は私」と思うことができる「何か」を見つけることが大切だと思っています。
運命を受け入れることが出来たとき、人は変わり始めるのではないのでしょうか。
著者は、
「人はいつだって変われる!」
と言及しています。
おわりに
著者の過酷な運命とは比べものになりませんが、私も自分の育った家庭環境や親への不満というものを、長く持っていました。
若い頃、特に10代20代の頃は、友人や従姉妹と自分の家庭環境を比べては不平不満ばかりで、何事も親のせいにしていました。
しかし、どんな事でも「誰かのせい」にしているうちは、本当の幸せはやって来ないのだと今では思います。
若い頃の私は正にそうでした。
そして時が経ち、いつの日か、自分の運命をすっと受け入れることが出来ました。
たくさんの経験、たくさんの人との出会いによって、少しずつ自分の心が変化して行ったのでしょう。
今は生きていくのがとても楽です。
人は生まれてくるとき親を選べません。
だから、人生はとても不公平だと思うけれど、そこで人生を諦めてしまったら勿体ない。
人生、マイナスから始まってもプラスに持って行くことは出来ると思います。
また、プラスで始まってもマイナスになってしまうこともあるのです。
自分の運命を受け入れ、自分を大切に丁寧に生きていれば、その人に合った幸せが必ず手に入るのではないかと私は信じています。