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姫椿流 隠居生活への道

隠居生活を夢見ています

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どんな事も永遠ではない。流れに身をまかせてみるのも一つの策である

辛いパート勤務の日々

 

パート勤務をしていた3年ほど前、職場の人間関係に苦しんでいた頃は忙しく余裕のない日々を過ごしていました。しかし本だけは日常的に読んでいました。

 

そして、色々なことを考えていました。

 

 

 

今の苦しさは何のためにあるのか?

これを乗り越えることが出来るのか?

これは乗り越えないといけない神様からの私への課題なのか?

生きることって何だろう?

 

本当に、色々なことを考え、今の状況を必死で意味づけしようとしていました。

 

結局、何の答えも出ないまま、流れに身をまかせ、1年間働き続けました。苦しみながらもきっとこのままずっと働き続けるのだなと自分自身思っていました。

 

変わらない毎日に変化が訪れる

 

しかし、物事というのはいつか状況の変わるときが来るのですね。永遠に同じということはないのです。

 

まず、2人の子どもたちに変化がみられるようになりました。

学校へ行き渋るようになったり、問題行動を起こすようになったのです。

それは、私が働いていることと関係があるのかどうかは分かりません。

全く関係はなかったのかもしれません。

 

ここで初めて私は「会社を辞める」ということを微かに意識し始めました。

 

あるひとつの出来事により、進むべき道が見えた

 

そんな思いを頭のどこかで意識しつつも普段通りに勤務していたある日、ミス、という訳ではないけれど、少し至らない所があり、先輩パート職員からそれについて大勢の人の目の前で罵倒される、という出来事がありました。

 

その場ではもうびっくりしてしまって、涙も出ませんでした。何故か冷静な自分がいました。

 

周りの人達はみんな驚きで固まっていました。凍り付いていました。

誰も助けてはくれませんでした。

 

 

その日は、その後も深く考えることなく、坦々と仕事をこなしました。

考え始めたらきっと涙が止まらなくなるから、無意識にそうしたのだと思います。

 

翌日、翌々日は休日でした。

家で色々なことを考えました。

 

大勢の前で罵倒され、恥をかかされたこと、そのこと自体はショックではありましたが、意外と平気な自分がいました。

 

しかしその出来事がきっかけで、今まで張りつめていたものがぷっつりと切れてしまいました。辛い毎日の中でも、素敵な先輩もおられたし、楽しいことだって少しはありました。そういうことで頑張ることが出来ていたわけなのですが、職場の何もかもに対して、すーっと冷めていく自分を感じました。

 

私がこの職場にしがみつく理由なんて、全くないという結論に達したのです。

 

職場には、子どものことを理由に退職を申し出ました。

実際、主な理由はそうでした。罵倒されたことは迷う私の背中を押してくれた出来事だったのです。

 

退職して、本当に良かったです。

 

色々苦しみましたが、辞めるべきである、と何か大いなるものの意思が働くとき、自然と状況は変わるものなのだと思いました。

 

今は本当に幸せな気持ちで暮らしています。

今まで誰のために何のためにこんな苦行をしていたのかと思います。

でも、この経験もきっと私の成長には必要だったのでしょう。

 

私はこのような経験から、何かに行き詰ったときは、必要以上に悩むことなく、じたばたせずに、流れに身を任せるようにしています。

 

何か状況が変わるとき、その変化自体は悪いことであることが多いです。でも振り返って見ると、その変化によって、流れが良い方へと向かって行くのです。

 

 

こんな風に考えて行動していたら、生きていくのが楽になりました。