姫椿流 隠居生活への道

老後を意識しながら今を心豊かに生きる、アラフィフ姫椿のブログです。

【本】“フランス・パリ流”の豊かな暮らしを提案する本 おすすめの3冊

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おすすめフランス・パリ流 ”豊かな暮らし本”

 

書店へ行けば、ミニマリストやシンプルライフ、断捨離、節約術などの、シンプルに豊かに暮らす提案をする本がたくさん並んでいます。

 

数年前に「フランス人は10着しか服を持たない」が話題になり、もちろん私もしっかり読みました。

 

フランス人は10着しか服を持たない (だいわ文庫 D 351-1)

 

こういうフランス・パリ流の無駄なところにお金をかけずに豊かな暮らしを楽しむ本は、他にもたくさん出版されていて、私は数ある ”豊かな暮らし本” の中でもパリ流のものが特に好きです。

 

その中でも個人的に好きなおすすめの3冊をご紹介します。

 

 

♡吉村葉子著「贅沢を味わい質素も楽しむ」

 

 

 フランスのパリで20年間暮らしておられた吉村さん。

 

友人として交流のあったフランス人の価値観を通して、本当の豊かな暮らしについて様々な提案をしておられます。

 

非常に高収入なのにセーター一枚買うのにも躊躇する女性の話には驚きましたが、そこには学ぶべきところがあると思いました。

 

♡米澤よう子著「パリジェンヌのお気に入り」

 

 

 イラストレーターの米澤よう子さんは、パリで個展を開いたり、4年間フランスと日本を行ったり来たりする生活を送られたそうです。

 

この本は、米澤さんの可愛くておしゃれなイラストでパリジェンヌの暮らしを紹介しています。

 

パリジェンヌのおしゃれ、買い物、バカンス、カフェ時間・・・。

 

おしゃれで堅実なパリジェンヌの精神に影響を受けること間違いなしです!!

 

戸塚真弓著「暮らしのアート」

 

 

フランス人でソルボンヌ大学の教授を夫に持つ戸塚さん。

 

パリでの豊かな暮らしを綴ったエッセイです。

 

大変な美食家である戸塚さんのマルシェでの買い物の様子や食にまつわる文章は、読んでいるともう美味しそうで美味しそうで、その表現力が素晴らしいです。

 

インテリアやおしゃれに関するエッセイからも、著者の素敵な暮らしが垣間見えます。

 

 日常生活にささやかな幸せを見い出し、豊かに暮らす戸塚さんのライフスタイルには学ぶべきところがたくさんあります。何度読み返しても楽しめるエッセイ集です。

 

おわりに

 

フランスのパリで暮らす日本人が感じたパリ流の価値観やライフスタイルには学ぶべきところが多くあると感じました。

 

 

しかし、フランス人にも色々な人がいるだろうし、フランス流(パリ流)が何もかも素晴らしいということではありません。

 

 

外国で暮らしてみて、初めて日本の良さが分かった、という声もよく聞きます。

 

 

日本の良いところにパリ流のエッセンスを加えて、良いとこ取りの豊かなライフスタイルを送ることが出来れば良いですね。

 

【本】受験をする人にもしない人にもおすすめ!人生の哲学本。林修著「受験必要論」

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林修著「受験必要論」

 

「今でしょ!」で有名な林先生の著作本を初めて読みました。

 

林先生はよくテレビに出ておられるようですが、私はあまりテレビを見ないので、実を言うとこの本を読むまでそのお考えなどを深くは知りませんでした。

 

 

 

 

 林先生の言葉に共感

 

林先生の数々の言葉に共感を覚えました。

 

 

その一部をご紹介します。

 

 

『受験ができることは特権的なことである』。これはすべての受験生に心しておいてほしいと思います。

~中略~

そもそも勉強できるということは贅沢なことなんです。

~中略~

大学とは自分の可能性を探す場所です。そんな素敵な場所への挑戦を親がさせてくれる環境にある。しかも、行きたくても行けない人がいる中で行かせてもらえる。なのに、受験に真剣に取り組めないというのは、甘えているのではないでしょうか。やりたくないならば、やらないほうがいい。逆に、やらせてもらえるのならば真剣に向き合いなさい、と言いたい。

 

別に全員が受験をする必要はない。何か打ち込むことが見つかっている人にとっては、受験は不要です。しかし、そういう人は少ない。とすれば、そこに受験の意味を見い出すことは可能でしょう。10代のうちに自分の人生に真剣に向き合うことを可能にする1つの制度である、と。

 

受験勉強で得た、入試で点数を取れる能力は、今後の人生で1回も使うことはないかもしれません。けれども、16歳から18歳にかけての時期に、1つの目標に向けて、欲望を抑制しつつ、結果を出すことができたとすれば、それは一生の自信になりえます。

 

『オレはやればできる』と自分をごまかす生き方はみじめです。

 

一方で、どんなことであれ、実際にやって結果を出したことから得られる自信は確かなものです。

 

まだまだ狭い世界に生きている高校生にとって、受験がその役を果たしてもいい、そう考えています。

 

勉強をする目的とは

 

巻末に、灘高校の英語教諭・木村先生との対談が載っています。

 

 

林先生の、「結局のところ、勉強する目的は何か」という問いに対する木村先生の言葉に深く感銘を受けました。

 

一番大きなことは、生きている間の自分の力を上げて、他の人たちのためにどれだけ尽くせるか、ということじゃないですか。それに尽きると思います。

 

おわりに

 

勉強が好きならば、真剣に向き合う気持ちがあるのなら、受験は良い制度なのではないかと、林先生同様に私も思います。

 

この本を読み、林先生はとても広い視野を持っておられる方だということが分かりました。私は先生に対する印象が180°変わりました。

(先生、今まで誤解していました。ごめんなさい)

 

 

子どもを持つ親御さんは勿論のこと、そうでない人も、受験に縁のない人、なかった人にとっても、どんな人にとってもきっと何か得るものがある本だと思います。

 

 

受験というフィルターを通した人生哲学本とも言えるでしょう。

 

【本】母の偉大な愛。もしも我が子が脳死状態になったなら?東野圭吾著「人魚の眠る家」

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東野圭吾著「人魚の眠る家」

 

「脳死」という非常に重いテーマを扱った小説です。

 

 

 

近々離婚する予定であった仮面夫婦の娘が事故に遭い、おそらく脳死であろうという状態になります。

 

そこで親はどんな選択をするのか?

 

意識は全くないけれど、人工呼吸器をつけているとはいえ、心臓は動いています。

 

それでも死んでしまったと思えるのか?

 

決断は出来るのか

 

心臓が動いていて身体が温かいのであれば、いくら意識が無いとはいえ、人工呼吸器を外したり、ましてや臓器提供を決断することは、なかなか出来ないことのように思えます。

 

親はもしかしたら「奇跡」が起こるのではないかという希望を捨てることが出来ないのではないでしょうか。

 

 

物語でも、娘への呼びかけに対して、娘の身体が反応する場面があるのです。

 

親は「だから諦めてはならない」と思うのですが、医師は偶然起こった脊髄反射であると冷静な判断を下します。

 

 

 しかし母親の娘への愛は、次第に狂気じみたものになって行きます。

 

 

移植を待つ側の家族

 

一方で、子どもの病気を治すには移植しかなく、ドナーが現れるのを待つ家族が出てきます。

 

印象的な箇所を引用します。

 

我々はどこかの子供が早く脳死すればいいなんてこと、少しも考えておりません。妻とも話し合ったんです。お金が集まって、渡航移植が決まったとしても、ドナーが現れるのを心待ちにするのだけはやめようと。少なくとも、決して口にはしないでおこうって。

 

ドナーが現れたということは、どこかで子供が亡くなったわけで、悲しんでいる人がたくさんいるに違いないですから。

 

移植手術は善意という施しを受けとることであり、要求したり期待したりするものではないと考えています。同様に、脳死を受け入れられず、看病を続ける人たちのことをとやかくいう気はありません。だって、その親御さんにとっては、その子は生きているわけでしょう?だったら、それもまた大切な一つの命じゃないですか。私は、そう思います。

 

 おわりに

 

母親の娘への愛が周りからは異常な行動に映りますが、読了後、私はこの母親の大きな愛に深い感動を覚えました。

 

 

物語のプロローグに、ある少年が登場します。

 

エピローグでその少年がまた登場するのですが、想像もしていなかった結末にびっくり。感動で涙が止まりませんでした。

 

 

 

こういう表現は少し語弊があるかもしれませんが、読了後は清々しい気持ちになりました。

 

ぜひおすすめしたい作品です。

 

【本】カフェを賢く利用する。カフェの上手な活用法ならこの本。齋藤孝著「15分あれば喫茶店(カフェ)に入りなさい。」

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齋藤孝著「15分あれば喫茶店(カフェ)に入りなさい。」

 

先日、書店で面白そうな本を見つけました。

 

カフェを愛する私にとっては見逃せないタイトルです。

 

 

 

 実用的な喫茶店(カフェ)活用本

 

スタバへ行くと、学生が勉強していたり、スーツ姿の会社員が真剣な顔をしてパソコンに向かっています。このような風景はもうおなじみですよね。

 

私もカフェで過ごす時間が大好きです。

 

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私がカフェに行く理由は、読書をしたりのんびり物思いに耽ったり、と主にリフレッシュをする為です。

 

 しかしこの齋藤孝さんは、のんびりくつろぐ為にカフェを利用するのではなく、仕事をする場として活用しておられるのです。

 

喫茶店(カフェ)は仕事をするのに適している場所

 

 書斎だと、デスクの前に座っても集中できなかったり、「やりたくないなあ」という気持ちを引きずることがありますが、喫茶店には人の目があります。家のソファのようにゴロンとダラけることはありません。

 

一方で、ではそれほど堅苦しいかというと、コーヒーなどの飲み物があって、のんびりリラックスできる自由な雰囲気があります。

 

その「ちょっとだらけた公共性」が自分をコントロールするのに最適です。だから仕事モードのスイッチが確実に入ります。それが喫茶店です。

 

テレビでもおなじみの齋藤孝さんは、著作本も数多く出版されておりお忙しくされていることでしょう。

 

なんと、そのお仕事の半分以上は喫茶店(カフェ)でこなしておられるのだそうです。

 

喫茶店(カフェ)の利用法

 

たくさんの利用法が紹介されていますが、そのうちの1つをご紹介します。

 

雑用をためて「セット」を作る

 

どんな人でも雑用からは逃れられません。

 

人によって雑用の種類は変わってくると思いますが、例えば交通費の伝票や税金関係の書類など、色々ありますよね。

 

こういう、取り掛かるのに「いちばん気を重くするもの」の「セット」をクリアファイルなどに入れて作っておきます。

 

そして、こうした雑用がたまったら喫茶店へ向かうのです。

 

喫茶店に向かうことはそのきっかけです。雑用を処理することで、心の整理にもなります。

 

雑用がいくつあるかもわからずに、モヤモヤしている状態は最悪です。それが続くとだんだん鬱な気分になっていきます。

 

雑用を軽く見てはいけません。雑用の蓄積が人を鬱にするのです。

 

 おわりに

 

カフェの活用法だけで1冊の本を作ってしまう著者に脱帽しました。

 

著者は普段、色々なカフェを利用されているそうです。

 

スターバックス、ドトール、サンマルクカフェ、ベローチェ、ルノアール・・・。

 

おなじみのカフェですよね。

 

カフェ別の利用法も紹介されていて、これもとても面白く感じました。

 

喫茶店やカフェで過ごすことが好きな方に、ぜひおすすめしたい本です。

 

【本】運命を受け入れたときから人生は変わり始めるのかもしれない。夏苅郁子著「心病む母が遺してくれたもの」

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夏苅郁子著「心病む母が遺してくれたもの」精神科医の回復への道のり

 

以前朝日新聞で精神科医の夏苅郁子さんを紹介する記事を読み、その過酷な人生に衝撃を受けました。

 

そして先日、ずっと気になっていた夏苅郁子さんの著書を読みました。

 

 

 

母親の発病から

 

著者の母親は著者が10歳のときに「統合失調症」を発症します。

 

以前は「精神分裂症」と呼ばれていた病気です。

 

 

病状は次第に悪化し、2度の入院を経て両親は離婚します。

 

元々、父親は家庭を顧みない人であり、それが母親の発病のもとになったようです。

 

 

しばらくして父親は再婚。

 

著者は通っていた女子大を辞め、一発奮起して医大に入学。

 

精神科医となります。

 

 

医師時代

 

子ども時代と青年時代を暗く特異な環境で過ごした著者は、大人になり精神科医となっても、人付き合いの仕方が分からず、自分に自信がなく、また、離れて暮らす母親のこと、当時の精神科の絶望的な状況などに苦悩します。

 

しかし、10年間会っていなかった母親との再会やたくさんの人たちとの出会い、結婚により著者は少しずつ変化していきます。

 

運命を受け入れる

 

結婚後は子ども2人に恵まれ、幸せな家庭を築いておられます。

 

私は、人にはどんなに望んでも手に入らない人生もあるのだと、運命を受け入れるしかないと思っています。でも、自分に手をかけてあげることで少しでも心が落ち着くならば、それに代わる人生に納得ができるのだと思いました。

 

私にとって、幸せな子供時代は「自分の人生にはないもの」とあきらめようと思います。でも、それは決してマイナス思考ではないのです。「私は私」と思うことができる「何か」を見つけることが大切だと思っています。

 

 運命を受け入れることが出来たとき、人は変わり始めるのではないのでしょうか。

 

著者は、

 

「人はいつだって変われる!」

 

と言及しています。

 

おわりに

 

著者の過酷な運命とは比べものになりませんが、私も自分の育った家庭環境や親への不満というものを、長く持っていました。

 

若い頃、特に10代20代の頃は、友人や従姉妹と自分の家庭環境を比べては不平不満ばかりで、何事も親のせいにしていました。

 

 

しかし、どんな事でも「誰かのせい」にしているうちは、本当の幸せはやって来ないのだと今では思います。

 

若い頃の私は正にそうでした。

 

そして時が経ち、いつの日か、自分の運命をすっと受け入れることが出来ました。

 

 

たくさんの経験、たくさんの人との出会いによって、少しずつ自分の心が変化して行ったのでしょう。

 

 

今は生きていくのがとても楽です。

 

 

人は生まれてくるとき親を選べません。

 

だから、人生はとても不公平だと思うけれど、そこで人生を諦めてしまったら勿体ない。

 

人生、マイナスから始まってもプラスに持って行くことは出来ると思います。

 

また、プラスで始まってもマイナスになってしまうこともあるのです。

 

自分の運命を受け入れ、自分を大切に丁寧に生きていれば、その人に合った幸せが必ず手に入るのではないかと私は信じています。

 

【本】親は子どもを決して見離してはいけない。親と子の関係を考える。薬丸岳著「Aではない君と」

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薬丸岳著「Aではない君と」

 

ある日突然、息子が殺人事件の容疑者として逮捕されます。

 

父親はどうやって息子と向き合って行くのか。

 

 

 

少年の両親は離婚していて、少年は母親と暮らしていました。

 

この物語は、離れて暮らす父親と息子との関係に焦点をあて、加害者の家族、被害者の家族、そして少年法犯罪について、デリケートな問題に深く考えさせられる重い作品です。

 

子どもからのSOS

 

我が家の話になりますが、先日息子が2日間学校を休みました。

 

最初の日は何となく体調が悪いと言ったので、熱は平熱でしたが、季節の変わり目だから体調を崩したのだろうと思い欠席させました。

 

夕方頃には元気になっていたので、翌日は登校できるだろうと思っていたのですが、翌日の朝には耳が痛いと言いました。

 

息子は過去に何度も中耳炎になっているので、また中耳炎だろうと思い学校を休ませて耳鼻科へ連れて行きました。

 

しかし、先生によるとどこにも異常はなし。

 

熱も無いし、学校を休まなければいけない症状は何もないとのこと。

 

病院を出て、午後からの授業だけでも受けるように息子に言いましたが、息子は「耳が痛い、体調が悪いから家にいる」と言います。

 

「何か学校で嫌なことがあるの?」と聞いても、「何もない」と言い、学校は楽しいそうで、ただ具合が悪いだけだとのこと。

 

どうしようか迷いましたが、無理に行かせるのもよくないと判断し、結局午後からも家で休ませました。

 

次の日は元気になって問題なく学校へ行きましたが、息子は時々こうやって学校を休むので、私にとってこのことが少し不安の種となっています。

 

息子は登校した時は元気そうに帰ってきますし、ランドセルを置いたらおやつも食べずに友人と遊ぶために外へ出て行きます。

 

勉強が好きなので授業が苦だということもなく、先生の話によると学校でもとても楽しそうに過ごしているようです。

 

それなのに、身体に何の異常もないのにどうして学校へ行きたがらないのか?

 

もしかしたら心配することは無いのかもしれませんが、子どもからのSOSは決して見逃してはいけません。

 

常に注意深く子どもを観察しなければと、いつも心に決めています。

 

おわりに

 

物語では、父親は息子のことを愛してはいましたが、息子のSOSに気づくことが出来ませんでした。

 

事件後、父親は真剣に息子に向き合います。

 

 

読み進めるのが辛い場面もありましたが、親として、読んでおいて損はない作品だと思います。

 

以前、知人から発された言葉が忘れられません。

 

「子育てに手を抜くと、後で必ずツケが回る」

 

定年まで正社員でバリバリ働いていた、今はもうリタイアされた知り合いの女性の言葉です。

 

夫婦とも激務であったため、しっかりと子どもに向き合うことが出来なかったそうです。

 

詳しいことは語られませんでしたが、子どもが思春期にさしかかった頃、相当苦労をされたようです。

 

 

親子の関係。

 

どんな関係が正解なのかは分かりませんが、日々、どんな事があっても愛しているということ、受け入れるということを言葉でも態度でも示すことを忘れずにいたいと思っています。

 

【本】パリでの心豊かな暮らしから学ぶこと。弓・シャロー著「パリが教えてくれたボン・シックな毎日」

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フランス・パリでの豊かな暮らし

 

パリでフランス人の夫と暮らす、日本の名門のご出身である79歳の弓・シャローさん。

 

79歳とはとても思えない若々しく美しい弓さんの、人生を心豊かに楽しむ方法を紹介する本です。

 

 

 

 

ファッションについて

 

フランス人は、衝動買いをする人がめったにいないそうです。

 

日本ほど、ファストファッションから一流ブランドまで服も靴も小物も揃うところはない。

 

日本人が服をたくさん買う割に、着る服がない、何を着たら良いのかわからないという人が多いのは、選択肢がありすぎるからなのだ。

 

そして、そのようになってしまう原因は、自分の似合うものが分かっていないからであると断言しておられます。

 

フランスでは、センスがいいといわれるマダムほど、少ない自分の定番服を上手に着回しています。「目新しい1着より、似合うに勝るおしゃれなし」ですよ。

 

似合うに勝るおしゃれなし

 

本当に、その通りだと思います。

 

私もこの2、3年で、自分のワードローブの見直しをして、本当に自分の似合うもの、本当に好きだと思う服だけを残して、後はすべてリサイクルショップに買い取ってもらいました。

 

歳を重ねるにつれ、たくさんの失敗を経て自分の似合うものが分かってきました。色や形。買うときは必ず試着をし、少しでも違和感があれば買わない選択をする。なるべくシンプルで質の良いものを選ぶ。

 

Tシャツやカットソー1枚買うのにも考えに考えて購入します。

 

今ではもう失敗するはなくなりました。

 

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 パリでの暮らし

 

 いま、家の中にあるのは好きな物ばかり。特別高価だとか、価値がある物というわけではありませんが、日本から持ってきた物やフランスの蚤の市で購入した大好きなアンティークの家具を中心に、気に入った物を少しだけ置いています。小さな石けん一つにしても好みの色と香りにこだわっていて、好きな物しかもう要らないの。

 

好きな物しか要らない。共感します。

 

好きな物しかない部屋で暮らす、それが一番の幸せでないでしょうか。日々、特別なことはなくても、ただその空間にいるだけで心が満たされる。一番の贅沢であり、そしてそれを実現するのは難しくないことだと思います。

 

弓さんの、風水を勉強している友人の話によると、家の中の物がその住人に愛されている物が多い家は、その家は運気が強いのだそうです。

 

生きるということ・働くということ

 

 よく知られていることですが、フランスの女性に専業主婦はほとんどいません。それはフランスでは働く女性をサポートする体制がとても良く整っているからです。

 

弓さんも今はリタイアされていますが、ずっと働いてこられました。

 

夫との生活は割り勘でやっておられるそうです。

 

日本の名家にお生まれになった弓さん。

 

大変豊かな家庭で恵まれた子ども時代を過ごされたようですが、昭和20年の敗戦で生活は激変しました。

 

お父様はGHQに勤務することになり、裁縫が得意だったお母さまは、仕立物の内職で家計を支えたそうです。

 

生きるためにはお金が必要です。ならば、その必要なお金を人は自分でできる仕事をして得なければならない。「生きる」ということは「働く」ということ。父母の姿は、その後の私の生き方に大きな影響を与えた気がします。

 

好きなことをして経済的に自立をする。

 

素晴らしいことですよね。

 

これが出来たら怖いものはないと思います。

 

しかし、今の日本の現状では、女性が結婚・出産をして経済的に自立できるほどの収入を得続けることはとても難しいことです。

 

出産で一旦退職してしまうと、次は以前のような高収入で自分の能力を最大限に生かせる職場を見つけることは厳しいでしょう。

 

自立なんてほど遠く、家計の足しになる程度の収入を得るのが精いっぱいという人が多いのではないでしょうか。

 

けれども、自立とは程遠くても、少しでもお金を稼ぎたい、と私は考えています。

 

ちょうどパートに出ることを考え始めていた私にとって、弓さんの言葉は深く心に響きました。

 

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生きるということ、働くということ。

 

今になって、ようやく真剣に考えるようになりました。

 

おわりに

 

この本には人生を豊かに生きるヒントがたくさん詰まっています。

 

女性としてどう生きるか、働くか。

 

夫婦間の問題にも言及されています。

 

長い人生で様々なことを乗り越えてきた方の言葉には重みがあります。

 

心から出合えて良かったと思える良書です。

 

せめてあと10年早くミニマリズムに出合いたかった。今、20代、30代のミニマリストが羨ましい

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ミニマリストへの道

 

書店に行くと断捨離やミニマリズム、シンプルライフに関する本がいつも沢山並んでいます。それだけ世間の関心が高く、本も売れているのでしょう。

 

 

 ミニマリストブームが起きたのは2015年頃ですが、それ以前にも断捨離やハウスキーピング、片付け・収納法などの本は数多く出版されていました。

 

 私もそのような本を読み、シンプルに暮らすことへの関心が少しずつ高まっているところにミニマリズムの考えに出合いました。

 

 それまでモノを減らしたり片付けや収納の工夫をする私の目的は、部屋をすっきりさせるため、見栄えを良くするため、というような表面的なことでした。

 

ドミニック・ローホーさんの本との出合い

 

ミニマリズムが人生を豊かにするための手段であることを教えてくれたのは、フランス人で日本の禅の文化を愛するドミニック・ローホーさんです。

 

私は知りませんでしたが、日本でミニマリストブームが起こる前から著書を出版されています。

 

ドミニックさんの本は数が多いのですべてを読んだわけではありませんが、イラストがありページ数が少ないこれらの本は、普段あまり本を読まない人にでもおすすめできるものです。

 

現在は中古のものしか手に入らないようです。

 

 

 

 

もっと早くミニマリズムに出合いたかった

 

 

  • 自分の本当にやりたい事は何か?
  • 自分にとって本当の幸せとは何か?

 

 

 

 

 

 

 おわりに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【本】罪を償うってどういうこと?本当の償いとは何なのかを考えさせられる。東野圭吾著「虚ろな十字架」

ルッコラ, エルカ・サティバ, アブラナ科, Rugula

 

東野圭吾著「虚ろな十字架」

 

今回読んだこの作品から、本当の意味での罪の償い、そして死刑制度の是非など、重いテーマについて深く考えさせられることになりました。

 

 

 

娘を殺された中原夫婦は、犯人に死刑判決が出た後に離婚します。

 

そして数年後、今度は元妻が何者かに殺されます。

 

 

 死刑制度の是非

 

死刑制度は賛成か、反対か。

 

こんな重いテーマについて、ここで安易に自分の意見を述べることはとても出来ません。

 

それは、いくら考えても答えが出ないからです。

 

ただ私がいつも思うことは、死刑を反対する人は、

 

「ムカつくから殺したーーーー」

 

などと言うような人間に、自分の子供や親など大切な人が無残に殺されたとしても、その主張を変えずにいられるのか?ということです。

 

加害者の生育状況や精神状態、冤罪など、単純に白黒つけられないとろがあるので、何とも難しい問題ですね。

 

感情だけで人間を裁くことは危険な一面があるのかもしれません。

 

事件とは無関係の者による冷静な判断も必要なのでしょう。

 

しかし被害者側に立ってみれば、どんな理由があるにせよ目には目を・・という気持ちになるのは当然のことではないでしょうか。

 

償いの形

 

罪を犯して刑務所に入り、長い年月の服役やその先にある死刑は罪に対しての罰であり、償いであると言えます。

 

死刑にならなかったとしても、出所後の生活は前科者としての社会的な制裁が待っていることが多いでしょう。

 

もし私が被害者の家族だったとしたら、私は加害者に何を望むだろう?と考えます。

 

やはり死刑でしょうか?

 

それとも無期懲役?

 

長い服役の後、真っ当な人間になって社会復帰して欲しい?

 

刑務所の中にいなくても、自ら重い十字架を背負って生きて行くのも一つの償いの形かもしれません。

 

心の中は誰も分からない

 

どんな刑が決定されても、やはり加害者には悔い、そして悩み苦しんで欲しいと思います。

 

どんな罰が与えられようと、加害者がどんな気持ちで日々を過ごしているかは、誰にも分かりません。

 

本当に心から自分の罪を悔い、犠牲者への懺悔の気持ちを持って日々を送っているならまだ少しは救われるかもしれませんが、全く反省することがない者、また、悔い改めている振りをする者もいるでしょう。

 

そういう、全くの反省も苦悩もない加害者が望み通り死刑になったとしても、虚しさでいっぱいになるような気がします。

 

おわりに

 

結局、やはりいくら考えても答えが出ない問題でした。

 

自分が置かれている立場によって、考え方がぶれそうです。

 

 しかし、すぐに答えは出なくても、考えるということは大事なことではないかと私は思います。

 

この小説は重いテーマについて考えるきっかけを与えてくれました。

 

物語としても面白い、とても良い作品だと思います。

 

【本】食はすべての基本。幸せな家庭は幸せな食卓から作られる。佐藤初女著「『いのち』を養う食」

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夏休みは大忙し

 

夏休みは学生にとっては楽しいときなのでしょうが、母親にとっては、普段よりも家事労働が増え、忙しくて大変な毎日です。

 

私も二学期が始まるのを指折り数えています。

 

 

 

子ども達がいて色々なものを散らかしていると、掃除機はかけにくいし、三度の食事の支度と後片付け、喧嘩の仲裁・・。

 

一日があっという間に過ぎて行きます。

 

三度の食事の支度は大変だけれど

 

大変な毎日ですが、こんなに大変なのもあと数年だろうし、子どもたちと濃厚な時間を過ごす時間はあとわずかしか残されていないのだと思うと、一日一日を大切にしなければと自分に言い聞かせています。

 

私にとって夏休みの一番大変なことは、三度の食事の支度です。

 

私は外に働きに出ていないので、毎日、食事は家族と一緒に食べています。

 

夫は不在の時もありますが、いつも必ず私はいるので、個食になるということはありません。

 

毎日、家族で食卓を囲み、賑やかに食事の時間を楽しんでいます。

 

佐藤初女著「『いのち』を養う食」

 

青森県で「森のイスキア」を主宰されていた佐藤初女さん(2016年没)。ここでは、悩みや問題を抱えた人を受け入れ、食事を共にし、寄り添う活動をされていました。

 

先日、佐藤初女さんの著書を読みました。

 

【本】普通の大学生の転落人生。誰にでも起こり得ること。貧困スパイラル。福澤徹三著「東京難民」

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福澤徹三著「東京難民」

 

東京で大学生活を送る平凡な男子学生が、ある日を境に、転落人生を歩み始めます。

 

あれよあれよという間に底辺に落ちてゆく過程に、ページをめくる手が止められず、一気に読み終えました。

 

 

 

 

大学生の転落人生

 

九州の両親に仕送りをしてもらい、東京の私立大学に通う主人公。

 

誰でも入学できるような偏差値の低い大学。

 

勉強が好きでもなく、向上心があるわけでもない、そんな大学生です。

 

真面目に授業に出るわけでもなく、ただ何となく怠惰に過ごす毎日。

 

しかしある日、両親が行方不明になり、学費未納で大学は除籍、仕送りも途絶えてしまいます。

 

そこから、彼の転落の人生が始まります。

 

 貧困のスパイラル

 

 住んでいるマンションの家賃滞納により、部屋を追い出されることから始まり、彼は坂道を転げ落ちるように、下へ下へと落ちて行きます。

 

読み進めて感じたことは、この主人公も考えが甘いというか、浅はかな面があり、もし彼にもう少し賢いところがあれば、転落し始めた時点で、最悪の事態は避けられたのではないかということです。

 

読みながら、「どうしてその選択をするのか?」ともどかしい気持ちになりました。

 

しかしよく考えてみると、彼の甘い考えも致し方ないのかもしれません。

 

実家は特にお金持ちだという設定ではないけれど、東京の私立大学へ進学させてもらい、仕送りをひと月十五万円もしてもらっている主人公。

 

大変恵まれていると思います。

 

でも、自分が恵まれているという認識はなく、もっとたくさん仕送りを貰っている友人を羨んでいるくらいなのです。

 

そんな彼は、自分の境遇に感謝することもなく、自分の人生や社会について、何か問題意識を持つこともなく、おそらく読書をすることもなく、ただ何となく毎日を過ごしています。

 

そんな大学生が、突然の境遇の変化に冷静に、賢く対応できるわけはないでしょう。どこまでも甘く、その場しのぎの行動が裏目に出てしまいます。

 

貧困ビジネス・裏社会の恐ろしさ

 

一度貧困状態に陥ってしまうと負のスパイラルに巻き込まれます。貧困ビジネスに搾取されたり、また、高収入の仕事を求めると恐ろしい裏社会に繋がっていることが多く、気が付けばお金だけではなく、身も心も、もうどうにもならない状況まで転落してしまいます。

 

日雇い派遣の過酷な状況、消費者金融、臓器売買、華やかに見えるホストクラブの世界の裏側、治験のアルバイト、ネットカフェ難民・・・。

 

普通の生活をしていると、知ることのない、信じられないような悲惨な世界を垣間見ることが出来ました。

 

私とは関係のない世界、ではない

 

主人公の転落人生を、他人事だと思う人は多いと思います。

 

でも、これは誰にでも起こりうることでしょう。

 

今、豊かに暮らしているのは、たまたま運が良いだけのことです。

 

会社が潰れたり、突然病気になって働けなくなったり、親の介護が始まったり・・と様々なアクシデントが運悪く次々と起これば、たちまち窮地に立たされるのではないでしょうか。

 

常日頃から問題意識を持ち、ある程度はお金を貯めておく、暮らしを小さくしておく、いざというときに助け合いが出来る友人関係を構築しておくなど、個人で出来ることはやっておかなければと強く感じました。

 

読み進めるのが辛くなることもありますが、貧困問題について考えさせられる良いきっかけになる小説であると思います。

【本】近い将来に現実となるかもしれない監視社会のミステリー。東野圭吾著「プラチナデータ」

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遺伝子情報から犯人が特定できるシステム

 

マイナンバー制度など、これからの時代、様々な個人情報が管理されるようになり、漠然とした不安を感じることがあります。

 

東野圭吾著「プラチナデータ」は、国民の遺伝子情報から犯人を特定できるシステム開発をめぐるミステリー小説です。

 

 

 

 テレビで刑事もののドラマを見ていると、犯人の残した髪の毛のDNAから犯人が特定される、ということがあります。

 

この場合のDNA鑑定とは、髪の毛や血液などが、ある人物のものであるかを確認するだけのものであり、DNA鑑定をする対象がいなければ成り立たない方法であると言えます。

 

この小説の中では、国民のDNA情報を国の監視の下、捜査機関が必要に応じて利用できることになります。

 

つまり、全国民のDNA情報を管理すれば、犯罪が起きたとき、現場に残された犯人の毛髪や血液、僅かな唾液や汗などから採取したDNAを、膨大なDNAデータと照合して簡単に犯人を挙げることが出来るのです。

 

便利だけれどこわい社会

 

本当にこんなシステムが出来たら、便利ですね。

 

こうなると、テレビドラマやミステリー小説によくある、刑事さんが地道に聞き込みをしたり、現場に何度も足を運んで推理する、といった地道な作業は必要がなくなります。

 

簡単に犯人を捕まえられるということは、社会にとって良いことだと思います。

 

また、簡単に犯罪がばれてしまうということは、犯罪の抑止にもつながることでしょう。

 

しかし、自分の遺伝子情報を国に管理されるということに抵抗感を持つ人は多いのではないでしょうか。

 

それでも、近い将来には現実になりそうな予感がします。

 

おわりに

 

先日たまたま見ていたテレビ番組で知ったのですが、医療分野において、遺伝子技術の進化により、ガンの根治はもう目前のことであるそうです。

 

遺伝子に関してもそうですし、またAIなど、さまざまな分野において、人類の技術は凄まじいスピードで進展しているそうです。

 

あと10年もしないうちに、今では想像も出来ないことが次々と起こるのではないでしょうか。

 

楽しみでもあり、少しこわいことでもあります。

 

この物語のDNA捜査システムも、実際に開発され、いつの日か使われる可能性は十分あるように思います。

 

近い未来に起こり得る状況にこわさを感じながら、ページをめくる手を止めることができず、一気に読み終えました。

 

たくさんの謎解きがあり、最後まで飽きることなく楽しめた作品です。

 

【本】高齢化社会の闇。もはや他人事ではない介護問題について考える。葉真中顕著「ロスト・ケア」

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いつか必ず向き合わなければならない介護問題

 

私の両親は共に70代前半です。

 

今のところ大きな病気も怪我もせず、趣味を楽しみながら元気に暮らしています。

 

そんな自分の親もいつの日か、この世からいなくなってしまう日が来るのです。今はとても想像できないことですが。

 

でも、その日はいつか必ずやってくるのです。

 

 

そして、避けて通れないのが介護問題です。

 

私の実家は遠方にあります。

 

遠距離介護をするのか。

 

自宅で引き取って介護をするのか。

 

私が引き取るのか、それとも姉弟が引き取るのか。

 

施設に入れるのか。

 

そんなに遠くない未来を少し想像してみることは出来ますが、実際に介護が始まると、もっともっとたくさんの問題が生じてくるのでしょう。

 

今から心配しても仕方のないことではあるのですが、覚悟はしておかなくてはいけません。

 

葉真中顕著「ロスト・ケア」

 

介護について問題を投げかける、素晴らしいミステリー小説があります。

 

葉真中顕著「ロスト・ケア」です。

 

物語は、老人を四十数人殺した男に死刑判決が出されるところから始まります。

 

 

実家が裕福であるゆえに、父親を高級老人ホームへ入居させることができる検事。

 

シングルマザーで経済的に苦しい中、母親の自宅介護に苦しむ中年女性。

 

身体と精神が不自由な父親の介護をたった一人でこなす独身男性。

 

一生懸命仕事をしていても、報われないと感じる介護職員たち。

 

様々な人の思い、苦悩があります。

 

 

介護の政策には不備がたくさんあり、介護職員も、介護者も疲弊しています。

 

そして、尊厳を失った老人も哀れです。

 

終わりの見えない介護。

 

介護職の青年の言葉は重いです。

 

介護の世界に身を置けば、誰でも実感する。この世には死が救いになるということは間違いなくある。

 

 また、作中に印象深い箇所がありました。

 

 最近、格差なんて言葉をやたらと聞くが、この世で一番えげつない格差は老人の格差だ。特に、要介護状態になった老人の格差は冷酷だ。安全地帯の高級老人ホームで至れり尽くせりの生活をする老人がいる一方で、重すぎる介護の負担で家族を押しつぶす老人がいる。

 

ますます重い負担になるであろう介護

 

重い介護の負担に耐え切れなくなり、悲劇が起こるニュースを時々耳にします。

 

これは決して他人事ではありません。

 

これから高齢化がどんどん進んで行きます。

 

介護職はなり手が少なく、十分な介護サービスを受けることも、今後はさらに難しくなっていくでしょう。

 

家では介護が出来ないような状況になったとしても、簡単に施設に入ることも叶わないかもしれません。

 

私にどんな介護が出来るのか。

 

大変だったけれどやり切った、という思いとともに親を見送ることが出来るのか。

 

親は幸せな最期を迎えることが出来るのか。

 

自分の老後はどうなる?

 

親を見送った後、気が付けば自分もすっかり歳をとっていることでしょう。

 

30年後はどんな時代になっているのでしょうか?

 

私はどんな風に老後を生き、どんな最期を迎えるのか。

 

こればかりは自分の意思でどうすることも出来ません。

 

子どもにたくさんの迷惑をかけて、死んでいくのかもしれません。

 

 

想像しただけで切なくなります。

 

しかし、もしかしたら30年後は、介護ロボットに介護されることが普通のことになっているかもしれません。

 

心が通わないロボットに介護されるのは寂しいことかもしれませんが、息子や娘に辛い思いをさせるくらいなら、かえって機械にやってもらう方が家族にとっても本人にとっても幸せであるといえる状況もあるかもしれません。

 

どう考えても、今よりもさらに老人人口は増えるわけですから、大変な社会になっていることは間違いないでしょう。

 

老い、そして死。誰もが避けて通れない道です。

 

誰にも迷惑をかけることなく、安らかにあの世へ行くことは夢のまた夢なのかもしれません。

 

【本】美しき滅びの世界。没落していく上流階級の日常生活を美しい文章で味わう。太宰治著「斜陽」

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「斜陽族」という流行語を生んだ小説

 

久しぶりに太宰治の「斜陽」を読みました。

 

もう、4、5回は読んでいますが、読むたびに新しい発見があります。その時々の年齢で、思い入れの深くなる登場人物が変わり、毎回違った角度から物語を楽しんでいます。これが読書の醍醐味ですね。

 

 

 

 

「斜陽」は1947年(昭和22年)に発表されました。

 

「斜陽」とは

没落していく人々を描いた太宰治の代表作で、没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という意味の言葉を生みだした。斜陽という言葉にも、国語辞典に「没落」という意味が加えられるほどの影響力があった。太宰治の生家である記念館は、本書の名をとって「斜陽館」と名付けられた。

 ウィキペディア

 

登場人物4人の滅びと革命

 

1945年の終戦による社会の混乱により、多くの上流階級の人々が没落しました。貴族(華族)階級であったかず子、直治、その母も戦後没落し、東京から伊豆の山荘へ都落ちします。

 

もうお金もなく、しかし生活力もなく、持っている着物を売って生活する日々。

 

かず子、着物を売りましょうよ。二人の着物をどんどん売って、思い切りむだ使いして、ぜいたくな暮らしをしましょうよ。私はもう、あなたに、畑仕事などさせたくない。高いお野菜を買ったって、いいじゃないの。あんなに毎日の畑仕事は、あなたには無理です。

 

生まれながらの優雅さをもつ、本物の貴族である母は結核になり日に日に弱って行きます。

 

私には、このお母さまが、亡くなるという事は、それは私の肉体も共に消失してしまうような感じで、とても事実として考えられないことだった。これからは何も忘れて、このお母さまに、たくさんたくさんご馳走をこしらえて差し上げよう。おさかな。スウプ。缶詰。レバ。肉汁。トマト。卵。牛乳。おすまし。お豆腐があればいいのに。お豆腐のお味噌汁。白い御飯。お餅。おいしそうなものは何でも、私の持物を皆売って、そうしてお母さまにご馳走してあげよう。

 

かず子の弟の直治は、貴族でありながら貴族を憎み、しかし、一般大衆として生きることも出来ず、苦しみ抜いた末破滅します。

 

彼の最後の魂の叫びには、読んでいて思わず鳥肌が立ちました。(ここではあえて引用はしません)

 

 

また、かず子が心を寄せる田舎の百姓の息子である作家・上原も社会に反抗するように自暴自棄になり、退廃的な生活を続け破滅へと向かっていきます。

 

この上原の振る舞いはまるで太宰治のようです。しかし、お母さまや直治の中にも太宰治はいるのではないでしょうか。

 

この4人の中で、唯一、かず子だけが新しい時代に向かって強く生きて行く決意をします。

 

かず子は、太宰の愛人である太田静子がモデルになっているそうです。

 

作家・太田治子の母親です。

 

こちらの本を「斜陽」と合わせて読むことをお勧めします。

 

 

 「斜陽」が生み出された経緯。父と母との恋愛。

 

読んでいて、胸がいっぱいになりました。

 

太宰治の生涯

 

 この「斜陽」を発表した翌年、太宰治は愛人の一人である山崎富栄と入水自殺をしました。

 

太宰はその年の初め、結核による喀血があり、病気はそうとう悪い状況になっていたそうです。

 

青森の大地主の家に六男坊として生まれ、特権階級であることに負い目を持っていた太宰。

 

同時に、東京に対してのコンプレックスも強く持っていたそうです。

 

当時は長男だけが優遇される時代であり、六男である彼は、あまり両親の愛を受けることなく育ちました。

 

多くの素晴らしい作品を発表しながらも、数回にわたる自殺未遂、ひどい薬物依存など、退廃的な生活を続けた太宰。

 

彼はかず子のように戦後の社会の混乱の中を強く生きていくことは出来なかったのでしょうか。

 

太宰の生涯を知った上でこの小説を読むと、また違った楽しみ方が出来るでしょう。

 

おわりに

 

さらさらと流れるように、美しい文章で描かれたこの物語。

 

一般的にマナー違反とされる振る舞いをしても、その仕草が下品になることなく、かえってとても可愛らしく、品性の良さがにじみでる『お母さま』。

 

かず子も直治も、そんな母を「ほんものの貴族」と評します。

 

 

もう、何年も前のことですが、ある女性ファッション誌で女優の三田寛子さんが、

「斜陽」は愛読書であり、その『お母さま』は自分の理想の母親像だと言っておられました。

 

私も『お母さま』に憧れる一人です。

 

美しい文章で描かれた、没落していく上流階級の日常生活。美しき滅びの世界。

 

何度読んでも味わい深い小説です。

【本】心がけ一つで人生は変わる!浅見帆帆子著「あなたは絶対!運がいい」

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あの人の運が良いのはなぜ?

 

私の周りには、運に恵まれている、と思える友人知人が多くいます。

 

ちょっと羨ましくなってしまうくらいです。

 

 

 

何をやってもトントン拍子に物事が進む人、一方で、何だか分からないけれどしょっちゅうトラブルに巻き込まれてしまう人。

 

運の良い人と悪い人の違いとはどこにあるのでしょうか?

 

そんな運について書かれた本があります。

 

 

 運を良くするのは簡単なこと

 

「自分の心の持ち方一つで、思いどおりに人生は変えられる、変わっていく」

「自分の精神レベルが上がると、欲しいものが向こうから近づいてくる」

「心の底から思っている理想は、どんな大きなことでも実現する」

「誰でも運のいい人になれる」

 

 何だかワクワクしませんか!

 

運を良くするには、何か難しいことをしなければいけないという訳ではないのです。

 

誰にでも簡単に出来ることなのです。

 

私は、「何だか最近物事が上手く回らないな」と感じたら、この本を読み返すようにしています。

 

読んだだけでもう運が良くなったように感じる、パワーのある本です。

 

自分の境遇を受け入れよう

 

著者の浅見帆帆子さんは、他にも多くの本を書いておられます。

 

帆帆子さんは裕福な家庭のご出身であるので、運が良いのはそういう境遇であるからだ、という批判も多いのですが、そういう風に考えずに、素直な気持ちで読んでみることをおすすめします。

 

確かに、人生は不平等です。人は生まれてくる場所を選べません。裕福で、人格の高い両親の元に生まれ、恵まれて育つ人は特別な努力をしなくても何事も運よくまわっていきそうです。

 

一方、そうでない生まれの人は、どうしてもマイナス思考に陥りやすいでしょう。

 

でも、人は配られたカードで上手くやっていくしかないのです。

 

妬む気持ちは分かるけれど、妬んでも良いことは一つもありません。自分の出している負のオーラで、ますます運が下がっていくだけでしょう。

 

私も若い頃、自分より恵まれている人に対して、羨ましく思う気持ちを強く感じてしまう時期がありました。今から思うと、かなり負のオーラを出していたように思います。その頃の私の写真は、全然素敵じゃないです。抱えている沢山の不満が、顔に現れていたように思います。

 

でも人間、そんな時期も必要なのかもしれません。

 

今では自分の両親のこと、生まれ育った境遇を受け入れることが出来ているので、そういうネガティブな気持ちになることはなくなりました。

 

たくさんの本を読んだこと、そしてやはり人生経験を積んだことが私を変えてくれたと思っています。

 

とにかくやってみる

 

素直に受け入れ、行動してみることが大切です。

 

「だって・・・」とか、「どうせ・・・」という思考はやめて、自分が心から楽しいと感じることを行う、直感を信じる、素直になる、執着をしない。

 

そういえば、私の周りにいる運の良い友人たちは、みんな笑顔が素敵でキラキラ輝くオーラを出しています。

 

もちろん、人間良いことばかりではありません。そんな人達でも心に悲しみの一つや二つを背負っていることを私は知っています。

 

でも、そういう悲しみをしっかりと受け入れて、その上で前向きに生きて行くことが人生をより良くしていくのではないでしょうか。

 

人にはどうにもならないこともあります。でも、自分の人生は、自分の意思の力で舵取りが出来るものだと私は思っています。